タイ政府、国民500万人にAI活用の機会ー「TH-AI Passport」始動、AIを「一部の専門家」から「すべての人」へ―
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2026年8月31日、タイのデジタル経済社会委員会事務局(BDE)は、AI学習・利用プラットフォーム「AiPASS」の提供を開始した。対象は15歳以上のタイ国民で、登録枠は最大500万人。ChatGPT、Claude、Gemini、Perplexity、DeepSeek、Meta AI、タイ語LLM「Pathumma ThaiLLM」など、複数の生成AIを一つのプラットフォームから利用できる。公式サイトでは、2026年8月28日時点で15の提供事業者、33モデルが掲載されている。
背景 ― なぜタイ政府は500万人にAIを広げるのか
TH-AI Passportは、単なる「有料AIを無料で使えるキャンペーン」ではない。その背景には、タイ政府が2022年から進めている「国家AI戦略・行動計画(2022~2027年)」がある。2022年7月に承認された同計画は、①社会・倫理・法律・規制、②AIインフラ、③人材・教育、④技術・イノベーション、⑤官民でのAI活用という5つの柱で構成され、2027年までにAIを経済成長と生活の質の向上につなげることを目指している。
人材面では、当初から6年間で3万人以上のAI人材を育成する目標が掲げられた。さらに2022年12月の国家AI委員会では、年間1万3,500人以上を対象に、研究者・AI開発者などの「高度人材」、イノベーター・技術者などの「中間人材」、そして各職種で基本的なAIを使う「一般人材」の3層に分けて育成する方針が示された。つまり、タイのAI政策はもともと専門家だけでなく、幅広い職種へのAIスキル普及を視野に入れていた。
その後、ChatGPTをはじめとする生成AIが急速に普及し、AIは専門的なIT知識がなくても文章作成、翻訳、情報収集、画像制作、アイデア出しなどに使える身近なツールとなった。政策の焦点も「AIを開発できる人を増やす」だけでなく、学生、会社員、中小企業、個人事業主などが「実際の仕事や生活でAIを使える状態」を広げる方向へと進んでいる。
一方で、高性能なAIサービスには有料プランが多く、料金負担や学習機会の差が新たな「AI格差」につながる可能性がある。こうした課題に対し、TH-AI PassportではAIへのアクセスと学習を一体化し、最大500万人に利用機会を広げる。デジタル経済社会省は2026年5月、この事業を約16億バーツ規模の「将来への投資」と説明しており、AIを国民レベルの基礎スキルとして普及させ、労働生産性や国家競争力の向上につなげる狙いがある。
30以上のAIモデルを一つの入口から利用
AiPASSの特徴は、用途の異なる複数のAIモデルを一つのプラットフォームから利用できる点にある。文章作成や検索だけでなく、プログラミング、画像・動画・音楽生成、深掘り調査などにも対応する。通常はサービスごとにアカウントや有料契約が必要だが、AiPASSは利用者が目的に応じてモデルを試しやすい環境を提供している。
参加者はタイ国籍を持つ15歳以上で、本人確認にはデジタルIDを利用する。プロジェクトは2027年8月までを予定しており、登録開始直後から大きな関心を集めた。
「無料で使う」だけでなく、「学んで使う」
もう一つのポイントは、AIの利用と学習を組み合わせていることである。AiPASSではE-learningを通じてAIに関する知識を学び、ポイントを獲得しながら利用レベルを維持・向上させる仕組みを採用している。政府が目指しているのは、アカウントを配布することではなく、実際にAIを使い、学習を続ける人を増やすことだ。
この設計は「Access(使える環境)」と「Literacy(理解する力)」を同時に広げる取り組みといえる。AIに触れる機会が少なかった層にも入口を用意し、デジタル格差・AI格差の縮小を図る狙いがある。
登録147万人、400万回を超えるPrompt利用
開始後の利用も早い。Matichonがタイ王国の国家デジタル経済社会委員会事務局(Office of the National Board of Digital Economy and Society: BDE)として報じたところによると、2026年9月3日時点で登録者は約147万人、AIへの指示(Prompt)は400万回を超えた。さらに、少なくとも1つの学習コンテンツを修了した人は約72万2,000人、所定のコースを修了して修了証を取得した人は約11万3,000人に達している。
登録者数だけでなく、実際のPrompt数や学習修了者数が公表されている点からも、政府が「登録」より「利用・学習」を成果指標として意識していることがうかがえる。
実際に使って見えてきた課題
一方、サービス開始直後の利用者からは、通常のチャットや文章作成には使いやすいものの、業務利用では改善を求める声も出ている。THE STANDARDは初日の利用者の反応として、ファイルの取り扱い、大容量PDF、WordやPowerPointなどの成果物作成、複数文書の分析、音声・動画処理など、実務につなげる部分には制約があるとの意見を紹介している。
つまり、AIモデル自体の性能だけでなく、日常業務のファイルやソフトウェアとどこまでスムーズに連携できるかが、今後の利用定着を左右する。これは企業が生成AIを導入する際にも共通する課題である。
日系企業にとってのポイント
TH-AI Passportはタイ国民向けの政策だが、タイで事業を行う日本企業にも無関係ではない。タイ人スタッフが会社のAI研修を受ける前から、自らAIを学び、翻訳、メール作成、情報収集、営業資料の下書き、マーケティングなどに利用するケースが増える可能性がある。
特に人員が限られる中小企業では、AIによる業務効率化のメリットは大きい。一方で、顧客情報、個人情報、契約書、財務情報、未公開の社内資料などを外部AIへ入力するリスクにも注意が必要だ。今後は「AIを使わせるか、禁止するか」ではなく、どのAIを、どの業務で、どの情報まで使ってよいかという社内ルールを整備することが重要になる。
「AIを知っている国」から「AIを使える国」へ
TH-AI Passportで注目したいのは、500万人という数字そのものよりも、AIを一部の技術者や大企業だけのものにせず、一般の国民が日常的に使う道具へ変えようとしている点である。タイ政府が大規模なアクセス提供と学習を同時に進めることで、働き方や人材育成、企業の生産性がどのように変化するのかが今後の焦点となる。
タイに拠点を持つ日本企業にとっても、タイ人材のAI活用がどの程度定着し、職場のスキルや仕事の進め方を変えていくのかを継続して見ていく価値がありそうだ。
Sources(リンク先の情報はタイ語または英語で掲載されています。)
- TH-AI Passport / AiPASS Official Website
https://aipass.go.th/ - TH-AI Passport, “Project Information”
https://aipass.go.th/about - Matichon Online: Reports related to TH-AI passports (User-selected article)
https://www.matichon.co.th/economy/news_5869349 - THE STANDARD, User feedback from the first day of the “TH-AI Passport” service launch
https://thestandard.co/th-ai-passport-first-day-feedback/ - AI Thailand, “Thailand National AI Strategy and Action Plan (2022–2027)”
https://www.ai.in.th/en/about-ai-thailand/ - Matichon Online, “ONDE Reveals Latest TH-AI Passport Registration Figures: 1.47 Million Users, Over 4 Million Prompts Processed” (September 4, 2026)
https://www.matichon.co.th/economy/news_5875724
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