タイの燃料価格問題ー石油業界と価格構造
Photo by Nattaporn Shiratori. AI-enhanced image.
中東情勢の緊迫化による原油価格上昇を受け、タイの消費者団体「タイ消費者評議会(Thailand Consumers Council:TCC)」は、タイ政府に対し燃料価格制度の見直しを求めている。
TCCは、タイ国内で精製された石油製品であっても、アジアの石油取引指標となるシンガポール市場価格を基準に価格設定が行われている点に加え、1リットル当たり10バーツ以上に及ぶ税金や石油基金負担が、燃料価格を押し上げていると指摘している。
タイでは、「原油価格が下がっているのに、なぜガソリン価格は高いままなのか」という議論が繰り返されてきた。その背景には、複雑な石油流通構造と、大手企業を中心とした石油精製事業体制が存在する。
タイの石油精製業界
現在、タイ国内では主に大手6社が石油精製事業を担っている。多くは国営エネルギー大手PTTグループ、または外資系企業が関与している。
主な製油会社
① Thai Oil(TOP)
・タイ最大の製油会社。PTTグループ傘下で、国内精製能力の約2割を占める。
・チョンブリー県シーラチャ郡に位置するこの製油所は、タイ最大の製油所である。
② IRPC
・PTTグループ系企業。石油精製と石油化学事業を一体運営している。
・ラヨーン県
③ PTT Global Chemical(PTTGC)
・PTT系の石油化学大手。石油化学分野で大きな存在感を持つ。
・ラヨーン県
④ Bangchak Corporation(BCP)
・バイオ燃料混合事業にも強みを持つ。
・プラカノン、バンコク
⑤ Star Petroleum Refining (SPRC)
・米Chevron系企業。Caltexブランドも展開している。
・ラヨーン県
⑥ Bangchak Sriracha (BSRC)
・旧ExxonMobil系製油所で、現在はBangchak傘下となっている。
・チョンブリー県シーラチャ郡
タイ全体の石油精製能力は1日あたり約124万バレル規模とされ、国内需要を概ね賄える水準にある。
なお、タイ国内の石油備蓄状況について、2026年4月10日時点のデータによると、タイの石油備蓄量は国内需要の約110日分に相当するとされている。内訳は、法定備蓄が25日分、商業備蓄が23日分、輸送中の石油が31日分、さらに調達確認済みの石油が31日分となっている。
タイ独自の燃料事情
タイでは、日本とは異なる独特な燃料区分が存在する。その背景には、政府が長年推進してきた「バイオ燃料政策」がある。
タイでは、サトウキビやキャッサバ由来のエタノールを混合した「ガソホール(Gasohol)」が広く普及しており、日本よりもエタノール混合燃料が一般的である。
タイで一般的な燃料の種類
- Gasohol 95(ガソホール95)
エタノールを混合したオクタン価95のガソリン。一般的な乗用車で広く使用されている。環境負荷を低減する目的で、バイオ燃料(エタノール)が含まれている。
- Gasohol E20(ガソホールE20)
ガソリンに20%のエタノールを混合した燃料。E20対応車専用で、通常のガソホールより価格が安いことが多い。
- Gasohol E85(ガソホールE85)
エタノールを約85%含む燃料。フレックス燃料車(Flex Fuel Vehicle:FFV)専用で、環境に優しい反面、燃費はやや低下する。
- Gasohol 91(ガソホール91)
オクタン価91のガソリンにエタノールを混合した燃料。小型車や古い車種で使用されることがある。
- Benzine 95(ベンジン95)
エタノールを含まない純ガソリン(オクタン価95)。高性能車や一部のバイク、旧型車向けに使用される。
- Diesel B7(ディーゼルB7)
軽油に7%のバイオディーゼルを混合した燃料。タイで一般的なディーゼル車向け燃料である。
- Premium Diesel B7(プレミアムディーゼルB7)
高品質添加剤を加えたB7ディーゼル。エンジン性能向上、燃焼効率改善、エンジン保護などを目的としている。
なぜガソリン価格は高いのか
タイでは、原油輸入から精製、卸売、小売に至るまで複数の流通段階を経るため、「原油価格=ガソリン価格」ではない。
タイの石油流通構造は、一般的に以下の流れで構成されている。
「原油輸入 → 精製 → 流通・配送 → 卸売業者 → ガソリンスタンド → 消費者」
このように、それぞれの工程でコストが発生し、最終的な小売価格に反映される構造となっている。
最終的な小売価格には、
- 原油価格
- 精製コスト
- 流通コスト
- マーケティング費用
- 税金
- 石油基金負担
などが上乗せされる構造となっている。
また、タイは天然ガスを一定程度国内生産している一方、原油については依然として輸入依存度が高く、主に中東地域から原油を輸入している。そのため、中東情勢の悪化や国際原油価格の変動は、タイ国内の燃料価格にも大きな影響を与えやすい構造となっている。
さらに、タイ国内で精製された石油製品であっても、価格設定はアジア地域の石油取引指標であるシンガポール市場価格(MOPS:Mean of Platts Singapore)を基準としている。シンガポールはアジア有数の石油取引・物流拠点であり、多くのアジア諸国が同価格をベンチマークとして採用している。このため、「国内で精製しているのになぜ価格が安くならないのか」という疑問が以前から指摘されてきた。
加えて、近年の原油価格高騰局面では、製油会社の精製マージン(GRM:Gross Refining Margin)が大きく拡大したことから、「石油会社だけが過度な利益を得ているのではないか」との批判も高まった。特に2022年以降、タイ国内では石油精製業界の利益構造や価格形成の透明性を巡る議論が活発化している。
なお、タイ最大の国営系エネルギー企業PTTは、タイのエネルギー政策や石油流通において極めて大きな影響力を持つ企業である。現在も政府系機関が主要株主となっており、タイの石油・天然ガス・石油化学事業全体を支える中核的存在となっている。
特にタイでは、燃料価格安定化のための「石油燃料基金(Oil Fuel Fund)」が価格形成に大きく関与しており、政府の価格抑制策や補助金政策によっても小売価格が左右される。
タイ政府は近年、特にディーゼル価格への補助を継続してきたが、その結果として石油燃料基金の財政負担が拡大し、一時は資金不足が問題視されるなど、価格抑制政策の持続可能性も課題となっている。
日本ではガソリン税など税負担が価格の大きな割合を占める一方、タイでは石油燃料基金による価格調整が小売価格に与える影響が比較的大きい点も特徴といえる。
エネルギー政策見直し論議も活発化
TCCは今回の中東危機を契機として、
- シンガポール価格連動制の見直し
- 燃料税の引き下げ
- 国内資源の国内優先利用
- 再生可能エネルギー推進
などを提案している。
世界的な原油価格変動リスクが高まる中、タイではエネルギー安全保障や価格制度のあり方を巡る議論が再び活発化している。今後、燃料価格政策や再生可能エネルギー政策の方向性が注目されそうである。
タイの燃料価格問題は、国際原油価格だけでなく、税制や価格制度、エネルギー政策とも密接に関係しており、今後も国民生活に大きな影響を与えるテーマとなりそうである。
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